大判例

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東京高等裁判所 昭和45年(う)233号 判決

被告人 原政晴

〔抄 録〕

論旨は、原判決が、原判示第一の無免許運転の罪の成立を認め、とくに本件現場は不特定多数の自動車が通行する場合であつて、道路交通法(原判決に、道路法とあるのは、道路交通法の誤記と認める。なお、以下「道路交通法」を「道交法」と略称する。)二条一号に定義されている道路にあたると判示したことを捉え、右にいう「道路」とは、いわゆる「道」の形態を備えていること、現に一般公衆及び車両等の用に供されているとみられる客観的状況のある場所で、かつ、その通行することについて通行者がその都度管理者の許可など受ける必要のない場所をいうものと解すべきところ、本件現場は右要件を欠いているから、いわゆる道路にあたらないとして、原判決には道交法の解釈、適用ないし事実認定の誤りがあると主張するものである。

よつて審按するに、原判示第一の無免許運動の罪が成立するためには、被告人の所為が道交法二条一七号の運転、ひいて本件現場が同条一号の道路に該当することを要するが、本件記録を調査し、かつ、当審における事実取調の結果をも参酌して考察してみるに、原判決挙示の証拠中、司法警察員作成の実況見分調書、西則義、青木猛の検察官に対する各供述調書、証人青木猛の供述のほか、原審において取り調べられた証人飯田啓三の供述ならびに当審の検証調書、同じく証人青木猛、同飯田啓三の各尋問調書を総合すると、本件事故発生当時における現場ならびに周囲の状況等につき以下の事実を認定することができる。すなわち、本件事故の発生した地点は、当時被告人が勤務していた飯田建設株式会社が他から運搬してきた砂利の選別作業所として湘南機械土木株式会社から賃借していた土地内であり、作業所は原判示のとおり神奈川県高座郡寒川町一之宮二九六番地内にあつて、寒川神社方面から神川橋に通じる県道の北側に面し、右県道に面する部分の東西の距離は約五五メートルであるが、その西端に近い個所に作業所の事務所があつて、砂利の購入、搬送のため出入りするトラツク運転手等の受付け、その他の一般事務を処理する場所となつており、すでに顔馴染みの運転手等はとにかく、新規に砂利購入に来た者はこの事務所を経由することなくしては作業所内に入ることを許されていなかつたこと、作業所の南側及び東西の両側は障壁こそなかつたが、それぞれこれに接する県道及び東西の道路よりやや低い関係上、おのづから仕切られており、右県道及び各道路から簡単に作業所内に立ち入ることのできる状況にはなかつたこと、北側は西方の部分約二三メートルが木柵で畑と隔てられ、その余の部分は、とくに中央部附近において北方の農地に続く農道が開けていてこれらの農地へ農作業のため附近農民が稀に作業所内を関係者の暗黙の諒解を得て通過することはあつたが、かような特段の用件を持たない外部の者が作業所内に立ち入るようなことはなかつたこと、以上の各事実を認めることができる。ところで、道交法二条一号にいわゆる道路中、道路法二条一項に規定する道路及び道路運送法二条八項に規定する自動車道は別として(本件現場がそのいずれにもあたらないことは、前記認定事実に徴し、極めて明白である。)、「一般交通の用に供するその他の場所」とは、道交法一条の掲げる立法目的に即して考察するかぎり、現に公衆、すなわち、不特定多数の車両、人等の交通の用に供されている場所を指し、論旨のいうように必ずしもいわゆる道路の形態を備えていることまで必要とするものではないが、当該場所の管理者が一般交通の用に供することを認めていない場所、換言すれば、その場所の通行につき管理者の許可ないし諒解を要する場所で、しかも客観的にも不特定多数の者の交通の用に供されているとみられるような状況にない場所は、前述の、不特定多数の車両、人等の交通の用に供されているものとはいい難く、すなわち、いわゆる道路としての要件を欠くものと認めるのが相当である。そこで、以上の見地に立つて本件をみると、本件現場は右要件を欠いているものと断ぜざるを得ないのであつて、原判決がこれを道路にあたるものとして、被告人に対し無免許運転の罪の成立を認めたのは、法令の解釈、適用を誤つたか、事実を誤認したもので、右誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかで、しかも原判決は右事実と原判示第二の業務上過失致死の事実とを刑法四五条前段の併合罪の関係にあるものとして処断しているのであるから、全部破棄を免れない。論旨は理由あるに帰する。

(栗本 小川 藤井)

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